LOGIN第63話 忙しい彼女に、十五分だけ会いに行く 土曜日の午後、陽菜から届いたメッセージは、予定よりずっと遅かった。『練習、ほんとに長引いた。今終わった』 その下に続けて、『ごめん。駅着いてから十五分くらいしか会えないと思う』 俺は少しだけ考えてから、前の日に決めた通りに返した。『十五分でも会いたい』 送信。 今度は消さなかった。 数分後、陽菜からすぐ返ってくる。『私も』 その二文字だけで、思ったより満足した。 大学近くの駅前へ着いたのは、約束より少し早い時間だった。俺は改札の外で待ちながら、何となく時計を見る。 十五分。 普通なら、会う時間としてはかなり短い。 食事へ行くには足りない。映画なんて当然無理。買い物をするにも中途半端だし、どこかへ移動したら、その移動だけで終わる。 わざわざ会うほどなのかと聞かれたら、少し前の俺なら迷ったかもしれない。 でも今は、そういう問題ではなかった。 会いたい。 だから来た。 それだけで十分だった。「悠真!」 声がして、顔を上げる。 陽菜が改札を抜けてきた。 練習帰りらしく、大きなスポーツバッグを肩へ掛け、髪は少し乱れている。着替えてはいるが、頬はまだ少し赤く、首元には運動後らしい熱が残っていた。「ごめん、ほんとに遅くなった」「謝らなくていい」「でも悠真、結構待った?」「十分くらい」「それは待ってるじゃん」「早く来た俺が悪い」「何で早く来たの」「遅れたくなかったから
第62話 会いたいって言うのは、束縛になりますか 陽菜に「会いたい時は言って」と言われた翌日から、俺は逆に何も言えなくなった。 理由は簡単だった。 言っていいと分かった途端、どこまで言っていいのかが分からなくなった。 朝、陽菜から「今日は授業のあと練習」とメッセージが来た時、本当は少し会いたいと思った。でも練習があるなら無理だろうと、そのまま「了解」とだけ返した。 次の日は、昼休みにたまたま時間が合わなかった。午後の講義が終わってからなら十五分くらい会えそうだったが、陽菜はそのまま部活へ行くはずだったので、やはり何も言わなかった。 三日目。『今日、練習たぶん早く終わる!』 陽菜から届いた。 前に言っていた木曜日。 会えるかもしれない日だ。 俺はすぐ、『終わったら連絡して』 と返した。 それだけ。 本当は。『会いたい』 まで打った。 でも消した。 自分でも面倒だと思う。 前は、会いたいと言わないことを指摘された。 今度は、言うことが怖い。「香坂、お前最近メッセージ打って消すの好きだな」 隣から蒼に言われた。 講義が終わった直後だった。「見てた?」「見える位置で三回くらい消してれば嫌でも気づく」「別に」「またそれ?」「今回は本当に大したことじゃない」「じゃあ何打った」「会いたい」「で、消した?」「うん」 蒼は呆れたように俺を見る。
第61話 彼女が忙しいと、会えない理由にまで嫉妬する 夏休みが近づくと、陽菜の予定表から俺の入る隙間が少しずつ消えていった。 正確には、消えたわけではない。昼休みに会う日はあるし、講義終わりに十分だけ話すこともある。電話もする。ただ、前みたいに「今日帰り一緒に帰る?」と聞けば、かなりの確率で「いいよ」と返ってくる状態ではなくなった。 理由は全部分かっている。 陸上部。 夏の大会。 強化練習。 ミーティング。 先輩後輩との調整。 夏休み中の合宿準備。 どれも遊びではないし、陽菜にとって大切なものだ。 だから。 理解している。 理解しているのに。『今日、練習後みんなでご飯行くことになった! 帰り遅くなるから電話はまた明日でもいい?』 そのメッセージを見た瞬間、俺は少しだけ面白くなかった。 その日は、夕方に電話する約束をしていたわけでもない。 俺が勝手に、今日は話せるかもしれないと思っていただけだ。 それなのに。『了解。楽しんで』 と返したあと、スマートフォンを伏せて。 数秒して、また開いた。 何を確認したかったのか、自分でもよく分からない。 返信は来ていない。 当然だ。「香坂」 向かいから蒼が言った。「何」「さっきからスマホ裏返したり戻したり何してんの」「別に」「それ、別にの動きじゃないだろ」 俺たちは大学近くの喫茶店にいた。 蒼がバイトに入る前、珍しく時間が空いたと言うので、俺も付き合っている。
第60話 初めてのツーショットは、たぶん全然盛れてない 明後日に撮る、と約束した初めてのツーショットは、約束した時点ですでに少し面倒なものになっていた。 当日の朝、陽菜から最初に届いたメッセージがこれだった。『今日、写真撮るんだよね?』『その予定』『服、普通でいい?』『いつも普通だろ』『そういうこと言ってるんじゃない』 その五分後。『髪どうしよう』『いつも通りでいいんじゃない』『悠真に聞いた私が悪かった』 さらに十分後。『やっぱポニーテールにする』『了解』『反応薄くない?』『何て返せば正解』『可愛いと思う、とか』『まだ見てない』『そういうところ!』 朝から疲れる。 でも、嫌ではなかった。 昼過ぎ、講義を終えて大学の正門近くで待っていると、陽菜は本当にいつも通りのポニーテールでやってきた。服も特別に気合いを入れた感じではなく、薄い色のシャツにスカートという普段に近い格好だった。 俺を見るなり、陽菜は少し不満そうな顔をした。「何か言うことない?」「お疲れ」「違う」「暑いな」「もっと違う」「髪」「うん」「いつも通り」「……悠真」「何」「今日だけでいいから、もう少し彼氏やって」 かなり無茶を言う。 でも、朝のやり取りで正解は聞いている。「似合ってる」
第59話 恋人の写真を持っているだけで、安心する? 声の録音について話し合った次の活動日、神崎先輩は机の上に一枚の相談カードを置いた。「今日はこれね。前に一度読んだけど、ちゃんと考える時間が取れなかったやつ」 俺がカードを手に取ると、見覚えのある文章だった。『付き合っている恋人がSNSに載せた写真を全部保存しています。削除された投稿の写真も残っています。見ると安心します。本人には言っていません。これって怖いですか。』 読み終わったところで、陽菜が少し難しい顔をした。「前に読んだ時も思ったけど、これ答えにくいね。付き合ってるなら写真持ってること自体は、そこまで変じゃないと思う。でも全部って言われると、ちょっと引っかかる」「削除されたものまで残してるのもあるな」 俺が言うと、澪先輩も頷いた。「本人が消した理由が分からないから。単に投稿を整理しただけかもしれないし、写りが嫌になったのかもしれないし、残したくなくなったのかもしれない」「でも、一回ネットに出したなら保存される可能性はあるよね」 陽菜が言った。「可能性があるのと、恋人が黙って全部保存していいかは別じゃない?」 神崎先輩が返すと、陽菜は少し考えてから「それはそう」と頷いた。 この手の話は、最近ずっと同じところへ戻ってくる。 好きだと思うこと自体は自由。でも、その気持ちを何かの行動へ変えた瞬間、相手がいる。 ただ、今回は少し違った。「これ、相談者は何に安心してるんでしょうね」 俺が聞くと、神崎先輩が少し意外そうな顔をした。「そこ気づいた?」「文章に書いてあるので。『見ると安心します』って」「そう。私はそこが一番気になった」 陽菜が相談カードを覗き込む。「写真
第58話 声を残したいって、どこまでなら大丈夫? 次のフェチ研の活動日、机の真ん中には一枚の相談カードと、陽菜のスマートフォンが置かれていた。「何で私のスマホが展示物みたいになってるの」「今回の題材だから」「勝手に題材にしないで」 陽菜がすぐ自分のほうへ引き寄せる。「でも録音したいって言っただろ」「言ったけど、私のスマホを会議机の中央に置く必要はない」「確かに」「悠真、こういうところ雑だよね」「俺が置いたわけじゃない」「誰?」 全員。 神崎先輩を見る。「ごめん。分かりやすいかなと思って」「先輩」「はい」「人のスマホは資料じゃないです」「反省してます」 言いながら、神崎先輩はそこまで反省していない顔だった。 澪先輩は相談カードを手元へ寄せ、改めて文面を読んだ。『好きな人の声が好きすぎて、授業中に発表している時の声をスマホで録音したくなります。まだ録音はしていません。でも忘れたくないと思ってしまいます。変ですか。』「まず」 神崎先輩が言う。「気持ち自体は変じゃないと思う」「録音したくなる気持ち?」「うん」 陽菜が頷いた。「私も分かる」「じゃあ」 俺が聞く。「どの声残したい?」「今ここで?」「相談のため」「便利に使うね、それ」「でも必要」 陽菜は少し迷ったあと、椅子へ座り直した。「大会